東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)394号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、本願発明と第一引用例記載のものとの一致点の認定及びその相違点についての対比判断を誤つた結果、本願発明は、第一引用例及び第二引用例から当業者が容易に弁明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、原告の右主張は、すべて理由がないものというべきである。すなわち、
前記本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の願書添付の明細書及び図面)、第三号証の一(昭和五二年一二月二七日付手続補正書)及び同号証の二(昭和五三年九月一八日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、変調された光線によつて記憶媒体上に情報を局部的に変化を生じさせて記録し、かつ、その読出しを記憶媒体上に投射した光の透過光又は媒体からの反射光を読出し検出器に導くことによつてなす記憶媒体上に情報を記憶させる方法に関する発明であるところ、従来、磁気的、静電的あるいはその他の形式の多数の記憶器が開発され、データ処理設備、録音器、ビデオレコーダー等の用途に応用され、殊に記憶媒体として写真フイルム材料を使用し、光線により記憶媒体上に局部的な変化を生じさせて記録する方法やサウンドフイルムにおいて音声や音楽信号を強度変調した光線によりフイルム上に種々の黒変の形で処理する方法も公知であつたが、こうした従来公知の方法は、妨害発生率が高く、かつ、信号対雑音比が小さいという欠点があつたことから、本願発明は、右欠点を解消し、妨害安全性が高く、信号対雑音比が大きい記憶方法を得ることができ、かつ、記憶媒体上に記憶された情報を同種の他の記憶媒体上に容易に転写することができ、しかも、比較的安価の記憶媒体を用いることができるようにすることを目的ないし課題として、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ。)記載のとおりの構成を採用したもので、その特徴とする構成は、「記憶されるべき情報により変調された光線が記憶媒体上に向けられ、この光線が材料の局部的にほぼ点状に集中された変化を生じ、この変化が読出しに際し読出しに用いられた光の波面を、記憶された情報に対応して位相変調」するように記憶媒体上に発生させるようにすることにあり、右構成により、従来公知の記憶媒体に比して、信号対雑音比が大きく妨害安全度が高いという効果のほかに、呼出しの際の光は位相のみが変調され減衰しないので高い呼出し能率が得られ、製作された情報支持体、すなわち情報を記憶した記憶媒体の再生、すなわち複製が容易となり、比較的低価格な記憶媒体を用いることができるという効果を奏し得たものであることを認めることができる。他方、第一引用例が本願発明の特許出願前に国内において頒布された特許公報であることは原告の明らかに争わず、また、第一引用例に本件審決認定のとおりの内容記載があることは原告の認めるところ、叙上の事実に基づき本願発明と第一引用例記載のものとを対比すると、本件審決認定のとおりの一致点及び相違点<1>及<2>が存することを認めることができる。
原告は右一致点に関し、記憶媒体に記録を行い、透過光によつて読出しを行う方法において、表面起伏を形成して位相変調を行う手段について、本願発明と第一引用例記載のものとはその技術的思想を異にし、前者においては情報のデイジタル記憶が行われるのに対し、後者ではアナログ記憶が行われるものであつて、本願発明の特許請求の範囲中の「記憶されるべき情報により変調された光線が記憶媒体上に向けられ、材料の局部的にほぼ点状に集中された変化を生じ、この変化が読出しに際し読出しに用いられた光の波面を、記憶された情報に対応して位相変調する」ようにするとの構成は右の技術的思想を開示する旨主張するから、検討するに、前認定の事実によると、本願発明が解決すべき対象とした従来の情報の記憶方法のうち、サウンドフイルムに関する記載は明らかにアナログ記録方法についての記述であつて、本願発明は、このようなアナログ記録をも含む従来の記録方法のもつ欠点を特徴的構成をなす「記憶されるべき情報により変調された光線が記憶媒体上に向けられ、この光線が材料の局部的にほぼ点状に集中された変化を生じ、この変化を読出しに際し読出しに用いられた光の波面を、記憶された情報に対応して位相変調」するように記憶媒体上に発生させるようにするという構成を採用することにより解決しようとしたものと解せられるところ、本願発明の特許請求の範囲中の右の特徴的構成をデイジタル的記録に限定して解し得ないことは、その文言自体にそのように解すべき記載がないのみならず、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)の開示又は示唆する技術的構成からもこれを首肯することができる。すなわち、第一引用例には、熱軟化性物質のフイルムからなる記憶媒体上に局部点な変化を生じさせるところのアナログ量で示された信号により変調された光線によつて電荷を帯電させ、該フイルムを加熱軟化させることにより帯電した電荷の量に比例した凹凸を形成して記録を行い、記録の読出しに際しては、透過光を記憶媒体上に投射して、その凹凸によつて位相変調を行うようにした静電記録方法が記載されており、右記録方法において、「記録操作を真空中で行う場合は光の代りに信号に応じて変調された電子ビームを用い、導電性物質3を正に帯電させておき、帯電していないフイルム1上に負の電荷を逆に帯電させることもできるものであり、その時はテレビジヨンにおける映像信号の記録に直接適用出来るという便利さがある。」(同号証第一頁右欄第一四行ないし第二〇行)旨の記載があり、光の代わりに情報に応じて変調された電子ビームを用いてアナログ記録を行うこと、すなわち、電子ビームにより材料の局部的にほぼ点状に集中された変化を生じるような記録形態によりアナログ像を表示し得ることが開示されていること(第一引用例に信号のアナログ的記録の技術的思想が開示されていることは、原告の認めるところである。)が認められ、このことは、電子ビームに代えて光線による同様の記録法を行い得ることの可能性を示唆するものと解することができるところ、これらの記載事実によると、本願発明の右特徴的構成は、第一引用例の開示又は示唆する叙上の技術的構成に照らし、デイジタル的記録に限られず、アナログ的記録をも含むものと解するに十分である。そして、更に、前掲甲第二号証及び第三号証の一・二の本願発明の明細書中発明の詳細な説明の項の記載を参酌すると、同明細書第九頁第一七行ないし第一八行に、読出し装置に関し、「フイルタ帯域中の位相変調は検出器において振巾変調に変換される。」旨の情報のアナログ化を含むことを示す記載は認められるものの、本願発明の右特徴的構成を原告主張のように限定的に解すべき技術的記載は、全く見いだすことができない。もつとも、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項中の実施例2には、記憶されるべき情報によつて変調された光線によつて二進式の表面起伏が形成されることが記載されており、二進式の表面起伏を形成することにより情報を記録するためには、記憶されるべきアナログ量で示された情報をあらかじめデイジタル化し、デイジタル化した情報信号によつて光信号を変調することを要するから、右実施例において、記憶媒体に照射される光線はデイジタル化された情報により変調されているものと解することができるが、前認定説示に照らしこの実施例があることから、本願発明の特許請求の範囲中の前示特徴的構成をデイジタル的記録に限定して解すべきものとすることはできない。更に、原告は、本願発明の明細書記載の実施例1について、記録の凹凸の深さが光の強弱に比例して生ずるのではなく、光で照射されるか、されないかの二種類の信号しか生じないことが明らかであり、このことは、「記憶されるべき情報によつて変調された光線」が量子化(デイジタル化)された変調光であることを示すものである旨主張するところ、前掲甲第二号証及び第三号証の一、二によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、実施例1の説明として、「記憶されるべき情報によつて変調された光線を光電導体材料を経て導く。照射によつて光電導体は光が当たつた場所が導電性となり、それに対して照射されない部分は絶縁性のまゝでいる。」(甲第二号証第七頁第四行ないし第八行)との記載があることが認められるが、光電導性材料の導電性の程度が照射する光の強さに比例することは、光電導性材料のメカニズムからして自明の事柄であり、実施例1における光電導性材料の導電性が光の強さに比例して変化させられれば、記憶媒体の界面に移動する電荷の量もこの導電性の程度に比例するから、加熱により作られたくぼみ(ビツト)の深さは、電荷の移動量、すなわち光の強さに比例したものとなり、アナログ記録がなされることは容易に理解されるところであり、したがつて、実施例1の方法もアナログ的記録を排除した記録方法と解することはできず、本願発明がデイジタル的記録に限定される旨の原告のその余の主張も、前認定説示に照らし、いずれも採用するに由ない。
次に、原告は、本件審決の相違点<1>及び<2>についての認定判断の当否を争うから、審案するに、相違点<1>に関し、原告は、第二引用例はデイジタル記録専門の処理方法を開示しているものであるところ、本件審決は、この第二引用例の光線を点状に集中させる手法をアナログ操作法(スキヤンニング)と誤認して引用したものである旨主張する。しかし、本件審決が、光線を点状に集中して記載することが公知であることを示すためのみに第二引用例を引用したものであることは、前示本件審決理由の要点に照らし明らかであるところ、成立に争いのない甲第五号証(第二引用例)によれば、第二引用例は、優先日前に米国内で頒布された名称を「レーザー記録装置」とする発明の特許第三、四七四、四五七号明細書であつて(このことは、原告の明らかに争わないところである。)、その第3図には、材料に対し、光線を点状に集中させて記録することが記載されていることが認められ(この点が公知であることは、原告の認めるところである。)のであるから、本件審決のこの点の認定判断に誤りはなく、要するに、原告の右主張は、本件審決の認定判断を誤解したことに基づくものというべく、採用することができない。また、相違点<2>について、エツチングという技術が印刷技術、半導体回路技術におけるフオトエツチングによつて凹凸を形成する技術等により周知であること、並びに甲第六号証(本件審決で周知例として指摘された、昭和四二年五月二五日オーム社発行に係る垂井康夫著「半導体集積回路入門」第七一頁ないし第七五頁)及び乙第一号証(昭和四一年一一月二五日日刊工業新聞社発行に係る「金属表面技術便覧」(新版)第二一九頁ないし第二二二頁)に、エツチングという手法が極めて広い範囲で用いられる手法であることが開示されていることは原告の認めるところ原告は、右甲第六号証及び乙第一号証には、本願発明のように、記憶されるべき情報によつて変調された光線を記憶媒体上に照射し、記憶媒体を構成する材料に局部的にほぼ点状に集中された変化を生じさせるために右エツチング技術を用いることについては、全く開示するところがない旨主張する。しかし上叙のとおり、エツチング技術が広範囲の技術分野にわたつて材料の表面に凹凸を形成するための手段としてよく知られた周知の手法である以上、本願発明が表面起伏を局部的な蒸発又はエツチングによつて形成されるようにした点は、前認定の第一引用例記載の発明における静電パターン形成と加熱による起伏形成手段を、単に周知のありふれた起伏形成手段で置き換えたというにすぎず、したがつて、原告の右主張も採用することができない。
そうであるとすれば、本願発明は、第一引用例及び第二引用例に基づいて容易に発明をすることができたものとみるのを相当とし、したがつて、本件審決の認定判断は、正当というべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
記憶媒体上に局部的な変化を生じる所の変調された光線によつて記録が行なわれ、読出しのためにはやはり光を記録媒体上に投射し、記憶媒体の透過光或は反射光を読出し検出器に導く如くなる方法において、記憶されるべき情報により変調された光線が記憶媒体上に向けられ、この光線が材料の局部的にほぼ点状に集中された変化を生じ、この変化が読出しに際し読出しに用いられた光の波面を、記憶された情報に対応して位相変調する如くなり、記憶媒体上に表面起伏が発生され、該表面起伏は局部的な蒸発またはエツチングにより作られることを特徴とする記憶媒体上に情報を記憶させる方法。